ネオ・ダダ 新作展 2013-2014

赤瀬川原平 AKASEGAWA Genpei
篠原有司男 SHINOHARA Ushio
田中信太郎 TANAKA Shintaro
吉野辰海 YOSHINO Tatsumi

会 期  2014年2月17日(月)−3月8日(土)
休廊日  2月23日(日)、3月2日(日)
開催時間 12:00-19:00(最終日17:00まで)

第2回展案内状のための集団ポートレイト 1960年 
撮影:小林正徳

このたびギャラリー58では 《ネオ・ダダ 新作展 2013-2014》 を開催いたします。1960年、吉村益信を中心に結成された前衛芸術グループ、 ネオ・ダダ(ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ)は、一年にも満たない短命ながらも、従来の芸術概念を打ち壊すようなスキャンダラスで挑発的なパフォーマンスや廃品を用いたオブジェ作品などで、美術界に大きな衝撃を与えました。
「創造は破壊であり、破壊は創造であった」という ネオ・ダダの作品は、ほとんど現存しないために、記録写真や再制作というフィルターを通してしか見ることができません。本展ではネオ・ダダのメンバー、赤瀬川原平、篠原有司男、田中信太郎、吉野辰海の、2013年から2014年にかけての最新作を展示いたします。結成から半世紀以上を経た今なお、激しくあるいは静かに、流れ続けるネオ・ダダの精神をご覧下さい。


関連イベント
《ネオ・ダダ集会》 2014年2月22日(土)17:00-18:30 
出席者:田中信太郎、吉野辰海 ほか 会場:ギャラリー58 参加費無料・予約不要 

ネオ・ダダ(ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ)
1960年3月、第12回読売アンデパンダン展に出品していた吉村益信、篠原有司男を中心に結成された前衛芸術グループ。吉村益信の自邸「ホワイトハウス」(磯崎新設計、新宿・百人町)を拠点に、イヴェントやパフォーマンスなど過激な活動を繰り広げる。同年10月ごろ、吉村益信の結婚により 拠点となるホワイトハウス閉鎖でグループは消滅する。グループで3回の展覧会を開催。1960年4月「ネオ・ダダイズム・オルガナイザー展」(銀座画廊)、7月「第2回ネオ・ダダ展」(吉村アトリエ)、9月「第3回ネオ・ダダ展」(日比谷画廊)。メンバーに、荒川修作、石橋別人、風倉匠、岸本清子、木下新、 田辺三太郎、豊島壮六、升沢金平、吉村益信など。


赤瀬川原平 AKASEGAWA Genpei

《2013/02/24 自宅庭にて》 タイプCプリント 2013年

1937年神奈川県生まれ。1957年武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)油絵科中退。1960年に吉村益信、篠原有司男らとネオ・ダダイズム・オルガナイザーズを、1963年に高松次郎、中西夏之とハイ・レッド・センターを結成。1966年、千円札を題材とした作品で千円札裁判が開廷、“芸術裁判”と呼ばれる。1981年『父が消えた』で第84回芥川賞を受賞。1986年、藤森照信らと「路上観察学会」を 結成。1992年、秋山祐徳太子・高梨豊と「ライカ同盟」結成。1995年「赤瀬川原平の冒険:脳内リゾート開発大作戦」(名古屋市美術館)。2012-13年「TOKYO 1955-1970」(ニューヨーク近代美術館)。


篠原有司男 SHINOHARA Ushio

NY・ブルックリンのアトリエ 2013年

1932年東京都生まれ。1957年東京藝術大学美術学部油絵科中退。1960年ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズのメンバーとして活動。「イミテーション・アート」や「ボクシング・ペインティング」などスキャンダラスな作品を次々と発表、「反芸術」の旗手として注目を集める。1969年より拠点をNYに移す。2005年「篠原有司男 ボクシング・ペインティングとオートバイ彫刻」(神奈川県立近代美術館 鎌倉)。2012-13年「TOKYO 1955-1970」(ニューヨーク近代美術館)。映画「キューティー&ボクサー」で2014年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネート。


田中信太郎 TANAKA Shintaro

田中信太郎
《点・線・面》 硝子、ピアノ線、ハロゲンランプ 1968年(2013年、埼玉県立近代美術館での再制作展示)撮影:松本和幸

1940年東京都生まれ。1958年フォルム洋画研究所に学ぶ。1960年ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズのメンバーとして活動。1965年の初個展を境にミニマルな作品へと 大きな変革を遂げる。1969年「第6回パリ青年美術家ビエンナーレ」(パリ市立近代美術館)。1971年「第11回サンパウロ・ビエンナーレ」(ブラジル)。1972年第36回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本代表。2001年「田中信太郎|饒舌と沈黙のカノン」(国立国際美術館)、2007年「国立新美術館開館記念展 20世紀美術 探検-アーティストたちの三つの冒険物語-」(国立新美術館)。



吉野辰海 YOSHINO Tatsumi

吉野辰海
《象少女》 FRP、油彩 2013年

1940年宮城県生まれ。1961年武蔵野美術学校油絵科中退。1960年ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズのメンバーとして活動。1970年代末より、犬をモチーフにした立体 作品を展開。その根底には万物の根源的な力である螺旋運動が内在している。2009年より、象と少女と犬が融合した「象少女」シリーズを発表。2002年「熊本市現代美術館開館記念展 アティテュード2002」(熊本市現代美術館)。2007年「六本木クロッシング2007:未来への脈動」(森美術館)。2012年「清水晃・吉野辰海 漆黒の彼方/犬の行方」(埼玉県立近代美術館)。


一尾の大きな魚を三枚におろした時の最初の太刀さばき、これがネオ・ダダがやったことだったのではないか。これをしなかったら次に行けないという感じだった。ネオ・ダダの後ハイレッド・センターをやって、やることがなくなってしまった。そもそも梱包作品と千円札でやることがなくなっていた。しかし、町を歩いていろんなものを面白がっているうちに、トマソンになっていた。そして、路上観察へつながった。未知のエネルギーや形態を見たいという気持ちはネオ・ダダの頃と同じだと思う。
赤瀬川原平 「ネオ・ダダ JAPAN 1958-1998 -磯崎新とホワイトハウスの面々-」展 図録より (1998年 大分アートプラザ)

いまの時点で振り返えると、ネオ・ダダはどの運動にもみられない、突出した才能が類型抜きで輩出しており、現在進行形で展開しており、他面同時に内部で静かに胎動し、地殻変動は続いている。組織は9ヶ月でも、運動はいまだに続いて、組織を短期にとりはずすことで、内部は はずみをつけて自在に散開した、つまり、ネオ・ダダは短期解体によって持続運動に生まれ変わったといえないか。  
吉村益信 《断面のスナップ》 「流動する美術-Ⅲ ネオ・ダダの写真」展 図録より (1993年 福岡市美術館)

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