風倉匠

濃淡の段階的な推移
KAZAKURA Sho
2004年9月24日(金)−10月6日(土)

《濃淡の段階的な推移 青》
アクリル、キャンバス 180×230cm 2004年
《濃淡の段階的な推移 黄》
アクリル、キャンバス 180×230cm 2004年
《濃淡の段階的な推移 黒》
アクリル、キャンバス 180×230cm 2004年
《濃淡の段階的な推移 赤》
アクリル、キャンバス 180×230cm 2004年
ピアノ線を用いたパフォーマンス
ピアノ線を用いたパフォーマンス

プロフィール
1936年大分県生まれ。1956年武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)油絵科入学。1960年代、前衛芸術家グループ 「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」のメンバーとして活動。1979年より大分に拠点を移す。オブジェや絵画で優れた作品を手がけるほか、バルーンなどを用いた独自のパフォーマンスを展開。国際的パフォーマンスとして高い評価を得る。2000年より「共同アトリエ・3号倉庫」(福岡)の総合ディレクターとして若手作家の指導を行う。おもな展覧会に、1980年「絵画の起点を探す検討作業」(大分県立芸術会館)。1986年「前衛美術の日本 1910-1970展」(パリ・ポンピドゥーセンター)。1995年「第7回バングラデシュ・アジア美術ビエンナーレ」(バングラデシュ)。2002年「-さわれる原風景を探す-風倉匠展」(大分市美術館)ほか。

[主な展覧会]
1958年 「第11回日本アンデパンダン展」東京都美術館(東京)
1960年 「第1回ネオ・ダダ展」銀座画廊(東京)
1960年 「第2回ネオ・ダダ展」新宿・吉村アトリエ(東京)
1960年 「第3回ネオ・ダダ展」日比谷画廊(東京)
1961年 初個展 村松画廊(東京)
1963年 「SWEET16」草月会館ホール(東京)
1971年 「第10回現代日本美術展」東京都美術館(東京)
1980年 個展「絵画の起点を探す検討作業」大分県立芸術会館(大分)
1986年 「前衛芸術の日本 1910-1970」パリ・ポンピドゥーセンター(フランス)
1988年 「九州派展 −反芸術プロジェクト」福岡市美術館(福岡)
1992年 「巨大都市の原生 東京−大阪行為芸術 1992年ヨーロッパ・ツアー」(ドイツ/オランダ/ベルギー/フランス)
1993年 「第1回長野国際パフォーマンス・フェスティバル」長野県県民文化会館(長野)
1993年 「流動する美術−III ネオ・ダダの写真」福岡市美術館(福岡)
1994年 「流動する美術−III ネオ・ダダの写真 」関連事業 パフォーマンス「ピアノを打つ」福岡市美術館(福岡)
1995年 「ʼ95ネオ・ダダ<一断面>展 −記録写真を中心に−」コンパルホール(大分)
1995年 「第7回バングラディシュ・アジア美術ビエンナーレ」オスマニ記念ホール他(バングラデシュ)
1998年 「ネオ・ダダ JAPAN 1958-1998 −磯崎新とホワイトハウスの面々−」アートプラザ(大分)
2002年 「-さわれる原風景を探す-風倉匠展」大分市美術館(大分)

1994~96・98・00~04年 ギャラリーとわーる(福岡)
2003年 ギャラリー58
他個展・グループ展多数

ピアノ線を用いたパフォーマンス
ピアノ線を用いたパフォーマンス

《宇宙の器》
ミクストメディア
《関係項は》
ミクストメディア
《RTBOは波動に来る》
ミクストメディア

個展「さわれる原風景を探す」(2003)