浅野 純人 Sumito Asano
2008.9.22(Mon)-9.27(Sat)

1979年 福岡県生まれ
2003年 多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業
2005年 東京藝術大学大学院美術研究科壁画専攻修了

<個展>
2004年 ギャラリー58(銀座)
2006年 フタバ画廊(銀座)

<グループ展・プロジェクト他>
2003・04・05・07年 取手アートプロジェクト(取手)
2004年 言の問い〜サスティナブルアートプロジェクト2004
2005・06年 サイクルアートフェスティバル(取手)
2006年 グループ展 プロモアルテ(神宮前)
2007年 SHOW CASE(横浜)
      ヒミング2007(富山県氷見市)
2008年 100人展 ムエルテ画廊(上野) 他


第0研究室(ゼロ研) ゼロ研代表
2003年 設立(茨城)
2004年 あーとねっと/デリバリーアート
2005年 デリバリーアート05/取手ポスタープロジェクト/日本・現代・美術予備校
2006年 アートリレー/あーと屋えまる開店(NPO法人取手ぶるく共同企画)
2007年 防犯アート/ゴミコン 他、プロジェクト多数実施



テーマ 「no border」  約10点の平面作品を中心としたインスタレーション

今は夏か?それとも秋?
no border って言うけれど、どこまでそれは有効なんだろうか?
8月は確かに夏で、1月は冬だ(と思う)。どこかにborderはある。
さだまさしの曲に“もし君が地図にない街を探したきゃ、初めに地図が必要だ”って歌詞がある。
no border のエッジは、どうなってるんだろうかと、考える。


「地図にない街を探したいから地図を用意する」

“外”は“内”になる可能性を持っている。
“内”は既に“外”なのかもしれない。

カメレオンとかは擬態することで“外”に近づく。
人間は服とかで“内”と“外”の関係に変化を与える。

“そうであること”と“そうでないこと”は、
スイッチのON・OFFを切り替えるように、
しょっちゅう変化している。
だから両者の明確な線引きは難しいのだと思う。


つつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつ


同じ文字を繰り替し書いていると
(パソコンで打ち込んだ文字を見ている時でさえ)
おかしな感覚になってくる。
これって本当に“つ”という文字か?と


ゲート   板・スプレー・修正液  900×900mm



着ぐるむ  板・色紙  220×220mm(各点とも)


擬態  板・粉末・メディウム 900×900mm